『ワンダーボーイ』著者 キム・ヨンス(金衍洙)さんを迎えて

7月7日で一周年を迎えるCHEKCCORIで、クオン「新しい韓国の文学シリーズ」の最新刊『ワンダーボーイ』の著者 キム・ヨンス(金衍洙)さんを迎え、同作を翻訳したきむ ふなさんと、本著の魅力について語るトークショーが行われた。

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CHEKCCORIでは、様々なイベントやトークショーが開催されているが、これらも既に100回を超えるそうである。今回のトークショーは一周年を記念するCHEKCCORIにとって、意義のある一日だったように思う。
約1時間40分に及んだトークショーでは、1980年代、軍事独裁政権下の韓国で超能力を得た少年の目に映った出来事が、主人公と同年代を過ごしてきたキム・ヨンスさんの考え方や感じ方と同一化していく瞬間を感じた。

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本著は“1984年”から始まるのだが、この年はキム・ヨンスさんも主人公と同じ14才であり、“世界が変わりはじめた時だった”と言う。14才と言えば、中学生になり数年前とは目線も(身長が伸びることも、生活が変わることも影響するだろうが)変わり、人生の中で多感な年だと思う。この時期に予言者が様々なことを言ったり、スプーン曲げを目の前で(正確にはブラウン管を通して、だが)見たり、友達がやってみたらスプーンが曲がったという衝撃的な事件は、“簡単に壊されるものがない田舎にある小さな町にいた”著者にとっては、人生の中でのひとつのターニングポイントだったのだろう。

そんな中で初めて聞いた、ビートルズの“Hey Jude”。

作品を書くときに“よく音楽を聴き”、“音楽や写真は書きたい欲求を掻き立てる”ものだと言う。また、生きる上での音楽の力の大きさについては、“大きいです(笑)”と言っていた時の少年のような表情は、“昔の自分に引き戻される力がある”と言う言葉を聞きながら、その頃の著者を連想させるものだった。ちなみに、アメリカビルボードが発表した、ビートルズの歴代ヒット曲ベスト50でも“Hey Jude”は「1位」に輝いている。

そんな少年も“恋に落ちる=超能力が無くなる”と言う。一見、全然関係ないような図式だが、話を聞いていて妙に納得できた。占いや手相、人相でその人のだいたいのことはわかる。そんな中で、全世界でただ一人だけわからない人が現れる。その相手のことがわからなければ意味がないのだが、その人こそが“自分が愛する人”なのだ。そしてその時が“超能力がなくなった時”だそうだ。しかし、超能力が無くなったことにより“小説家になる方法が見つかった”のだから、私たち読者にとっては著者の“愛する人”と“無くなってくれた超能力”に感謝しなければならないかもしれない。

その“愛する人”との駆け引き(キム・ヨンス語で밀당[ミルタン])は、著者の他の作品も読みながら想像するとして、著者は“文学=駆け引きだと思う”そうである。書いている間は、自分が思う方向に主人公をもっていきたいのだが、違う方向に行ったり、引っ張り戻そうとするととんでもない、意図せぬ所に行ってしまう。そして、作品が出来上がった後は読者との駆け引きが待っている。自分と違う解釈をされると面白いと思うし、人との考えと混ざり合い自分の考えとの駆け引きがあるのだそうだ。

軍事独裁政権下であらゆるものが統制されている時の「欲求」は果てしないように思う。たいていの人がそうではなかっただろうか?自分を取り巻くものが何かはじけたような気がして、「欲求」がふつふつと湧き上がると、当然のように“もうひとつの自分の知らない世界の存在を知った”14才。

そして、大学に進み“何故、自分たちだけに色々なことが起きるのか?”ということを、またその真実を後から知り、怒ったりしていた時代。そういう時代を生きてきた著者が(少年が)、少年時代に好きだったものを小説に詰め込んでくれているのが、この『ワンダーボーイ』だ。

著者が、小説を通して読者に対して伝われば良いなと思うことは“この世の中を理解する一つの方法”であったり、“世の中を見る視点”。また、小説を読むことで“小説が人に伝えられる効果”があると言う。外国の小説を読みながら、GoogleMapで地名を検索→拡大すると家や周りの様子が見える。「ここにも同じように人が生活しているのだな……、ここを背景に書かれた小説なんだ……」等々、想像をしながら読むと旅行に行ったような気がする。小説を読みながら、そういう体験や経験をしてみてほしいと言う。

著者の次作は文禄の役(韓国では壬申倭乱)を背景としたカトリック司祭をテーマにした小説。
次作に期待することはもちろんだが、この夏休みは著者の他の作品も読みながら“駆け引き<ミルタン>の夏”として過ごしてみたいと思った時間だった。

(文 滝沢織衣)

 

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*「文学は他人へ向けた門です」
2016年7月5日 ワンダーアジョッシ キム・ヨンス

 

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